再び海上を浮揚推進していく中、明らかにこれまでとは周囲の状況が変わっていることを、レイヴンも、収容籠の中の動物たちも、感知していた。
鳥だ。鳥の数。
自分たちの周りを、鳥たちが──幾種類も、そして何羽もの鳥たちが、常に飛んでいる。
それはまるで、自分たちの護衛をしているように見えるのだった。
「こんにちは」「どうも」「失礼します」最初の頃こそそんな挨拶の言葉を投げかわしたりしたものだが、鳥たちはさりげなく、恐らく彼らにしてみればさりげなくのつもりで、レイヴンたちの周囲にずっと『つきまとって』いた。
ぼくたちを、護衛している──そう気づくのに多くの時間はかからなかったのだ。そして何から護っているのか? というのも、訊ねるまでもない問いかけだった。
鳥たちは、タイム・クルセイダーズからレイヴンたちを護衛してくれているのだ。
タイム・クルセイダーズ、つまり悪い奴らが、レイヴン、つまり良い奴を捕まえようとしているから。
とはいえ、鳥たちも本来の生息域を越えてまで付き添うつもりではない様子で、適宜護衛メンバーは交代しているようだった。
なのでレイヴンも、特に恐縮したり遠慮したりすることもなく、ありがたく恩恵に預かっていたのだ。
そんな状況で、しばらく推進をしつづけた。
「あ」だが不意に、傍を飛んでいる者が声を挙げた。アホウドリだ。
「え」レイヴンがその方を向くと同時に、アホウドリは海面に向かって急降下をし始めた。「え」レイヴンはもう一度言い、鳥の姿を追った。
降下していったのはその鳥だけではかった。一羽また一羽と、次々に周囲の鳥たちは海面に向け下りていったのだ。
「お前ら、全員行くなよ」「交代で行けよ」そう声をかけながら上空にとどまる鳥もいる。またその声を聞いてか、いったん下りかけていたところを気まずげに上空へ舞い戻る鳥もいた。
「あ、あの」ついにレイヴンは、居残っている鳥に声をかけた。「一体、どうしたんですか? 海面に、何か?」
「マンボウだよ」鳥が答える。「昼寝してるだろ」
「え」レイヴンは改めて海面を見下ろした。
言われた通り水面近くには、何尾いるのだろう、少なからぬ数の黒く大きな魚たちが浮かんでいた。横倒しになり、左右どちらかの半面を上に向けて、水面に『寝転んでいる』という状態だ。
「おお」レイヴンはその魚を直接見るのは初めてだったので感動の声を挙げた。「本当だ、マンボウさんだ」
「俺ら、あの体についてる寄生虫を食わせてもらうんだ」居残り組の鳥は説明する。「ちょっとだけ、休憩しててもらえるか?」
「あ、はい」レイヴンは、特に護衛を依頼したわけでもないにも関わらず、承諾した。
しばらく、周囲の様子や海面上の様子を眺めていたが、やはり湧き起こる興味には逆らえず、注意深く水面近くへ下りていってみることにした。
「こんにちは」そっと呼びかける。
しばらく誰からも反応はなかった。
鳥たちは寄生虫喰らいに夢中だし、マンボウは本当に昼寝しているのかも知れなかった──だが答えはすぐに返ってきた。「こんちは」一尾のマンボウからだった。
「あ、どうも」レイヴンはほっとし、嬉しくなった。「ぼくはレイヴンです」
「レイヴン、ああ」他のマンボウたちも注意を向けてきた。「仲間探ししてるって人か」
「はい、そうです」レイヴンはここにも情報が届けられていることにまた感動を覚えた。「名前はマルティコラスといって」
「あ」出し抜けにマンボウは声を挙げた。
「え」レイヴンは話を引っ込めた。「何、か?」
「クラゲがいる」マンボウは横たわったまま特に身じろぎもせぬまま、声だけをなぜかひそめた。「この下に」
「クラゲが?」レイヴンは海面の下に注意を向けた。言われてみるとなるほど確かにそれらしい存在の検知はできたが、どのように対応すればよいのかわからずにいた。
「うーん」マンボウは悩んでいるらしかった。「虫は取って欲しい」
「あ」レイヴンは相変わらずマンボウの『脇腹』に佇むアホウドリを見た。「ええ」
「けどクラゲがいる」マンボウの声はある意味苦悩に満ちていた。「食いたい」
「クラゲ食うの?」突如としてオリュクスが質問した。「クラゲ、美味しい?」
「うん。うまいよ、クラゲ。高級食材だ」マンボウはあたかも自分自身が高級であるかのごとく誇らしげに答える。
「レイヴン」オリュクスは弾けるように提案する。「ぼく、取って来るよ。クラゲ」
「駄目だ、オリュクス」レイヴンはオリュクスが収容籠の中から発してくる分子を感知した瞬間からその返事を用意していた。「クラゲには毒がある。それに、なりもでかい。オキアミとはわけが違う」
「毒?」オリュクスは驚いたようだった。「マンボウさんは毒とか平気なの?」
「毒? って、あのビリッとくるスパイシーなやつか」マンボウは思い出しつつ答えた。「うまいよ。高級調味料だ」
「レイヴン」オリュクスは再び弾けるように呼ぶ。
「駄目だ」レイヴンはさっさと上昇しはじめた。「マンボウさんには美味しくても君にとってはそうはいかない」
「ぼく、泳げるのに」オリュクスは食い下がり、
「あ、取って来ては、くれないの」マンボウは罪作りなほど悩ましい声で確認する。
「虫、食べ終わりましたかね」レイヴンは鳥たちに声をかける。「そろそろ、先に進みたいと思いますがよろしいでしょうか」
「おう」「いいぞ」「たらふく食った」快諾する鳥たちと、
「あっ」「ちょっと待って」「もう一個、こいつだけ」慌てる鳥たちと、
「先に行っといてー」「後で追いつくからー」「俺はここまででよろしくー」のんびりと我が道我がペースを維持する鳥たちに、分かれるようだった。
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聖雅は、そして恐らく貴代美も、妖怪や霊魂を一種の流体として捉えている。
確固とした形を持たず、ゆらゆらと流れ、基本的に弾性を持たない。手に触れるためには法技を使う必要があるが、稀に向こうの方から接触可能な形態、状態を取ってくることもある。何の為にそうするのかはまだ解っていないが、ひとまず通常の人間であればそういうことをされた場合非常に大きな恐怖を抱くことにはなる。
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