葵むらさき小説ブログ

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DV幽霊 第14話(全20話)

 次回の“セッション”の予約を取り付けた後、熱田氏は帰っていった。

 一人残された部屋で、私は自分の内部に緊張が高まりゆくのをひしひしと感じた。

 足は、今夜も出るのか。

 それとも、お札によって封印され、姿を現さないのか。

 私はテレビをつけた。

 バラエティ番組を放送していたが、そのまま風呂に向かった。

 入浴後、押入れから布団を出し、床を延べる。

 テレビの中は、政治や経済について議論する堅い番組に変わっていた。

 どちらにしても、私は真面目に観る気にならなかった。

 ただ、何か音が出ていてくれればよかったのだ。

 とはいえ、近所への影響も考え、音量は小さめにしておいた。

 布団に入る前、それをさらに絞り、電灯も常夜灯をつけたままにして、緊張しながら床に就いた。

 

「その会合の席で大臣はこう仰ってましたね」

 

 漫画のように、布団から顔だけ覗かせてテレビを見る。

 評論家がテーブル上に身を乗り出すようにして熱弁を振るっている。

「これは国民に対する裏切りといっても過言ではないと、私はそう思いますよ」

「違います。それは私の本意ではない、ただ私はもっときちんとした制度として法的に確立させた上でないと」

「とにかく大臣のこの発言を聞いた後では、とても投資に資産を回す気にはなれない」

 いつものことだが、議論は劇的に白熱しているようだ。

 私は、こういった丁々発止の番組というのが本来あまり好きではないのだが、今日はなんだか、熱心にとまではいかずとも、なんとなく、ぼんやりと、彼らの言葉に耳を傾けて、そして眠りに就きたいと思った。

「それは、言葉は悪いが勘ぐり過ぎ、早とちりというものであってですね」

「いや、誰もがそう思ってますよ。なにも私個人だけの捉え方じゃない」

 足は、姿を見せない。

 やはり、お札効果が出ているのだろうか。

「御札効果」……なんだか、経済用語に似ているな……

 私は、だんだん眠りに堕ちていきつつあるようだった。

「この円安の状況下だからこそ」

「ちょっと話を聞いてもらえますか」

「では、ここで一旦CMです」

 瞼の裏に映る色が、変わった。

 若いアイドル歌手の歌うCMソングが流れる。

 政治家や評論家の親父たちの、しわがれた怒声から、うって変わって明るい声。

 ああ、やっぱこっちの方が、心地好いな……

 

「自分に自信がない。まったくもう、驚くほど、自分がちっぽけに見える。人と対峙するたびに、どんどん自分が嫌になっていく」

 

 ぼそぼそと喋る、男の声。

 何のCMだろう……またアイドルの声から一転、張りのない声だな。

 なんつうか、うだつの上がらない声、とでもいうのか……

「どうして俺は駄目なんだ。何をやっても。何を言っても。何を思っても。何を見ても。何を聞いても。すべて、俺じゃ駄目なんだ。きっと他の者なら、そう例えば、あいつやらあいつやら、あいつだったらきっとそれはうまく行くんだ。人からも評価されるんだ。だが俺じゃ駄目だ。俺じゃまったく何の成果も得られない。リスクばかりで、リターンなし。ノーリターンだ。誰も、興味も関心もまったく示しやしない」

 男の声はぼそぼそと続いた。

 長いCMだな……それとももう番組に戻ったのか……

「何か、俺に制御できるものを、大急ぎで探さなきゃいけない。俺にコントロールできるもの。俺に、制覇できるもの。支配できるもの。それが、あいつだった」

 あいつ……

 つまり、俺のことか……

 ハッとした。

 目を見開いた。

 

 布団の外に、足がいた。

 

 爪先から、足首の十センチ上辺りまでが、私の鼻先数センチのところに見えていた。

 布団が、いや部屋が、いや世界が、異様に揺らめいた。

 だが不思議なことに、そこに見えている足は、足だけは、揺らめかないのだ。

 足は確固として、そこに存在していた。

 そうして足は、確固としてそこに存在したまま、私を蹴り始めた。

 そうだ。

 そもそも、そうだった。

 諸兄は覚えているだろうか、この足が、布団の存在にかまわず、私の腰を直截的に蹴り飛ばしていたことを。

 ああ、今にしてみれば、懐かしい日々だ。

 あの頃は、平和だった。

 というのもおかしな話だが、まあ今よりは、平和だった。

 何が平和って、蹴られ方がだ。

 あの頃の足の攻撃は、痛くなかったのだ。

 まるでじゃれついてきているかのような、ふざけ半分の、遊び心からの蹴り、そんな感じだった。

 今のように、全体重(恐らく)をかけて、明らかに敵意をもって、激痛の走る蹴り方などしてこなかった。

 私は布団の存在に関わらず、直截的に、頭のてっぺんから足先まで、激しく蹴りつけられた。

 布団の存在に関わらず――そしてお札の存在に関わらず。